

先進の画像処理技術を組み込み
老朽化した製造設備をリニューアル
新技術で精度向上を実現、
ものづくりの新たな未来を拓く
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HIDEHIKO MATSUMOTO
松本 秀彦
取締役常務執行役員
1978年グループ会社入社
1997年モリ工業へ転籍 -
SATOSHI INARI
稲荷 聡
第二製造部第一課 課長
1994年入社 -
TATSUYA OZAKI
尾崎 達也
技術部
2014年入社
※肩書は取材当時のものです
PROLOGUE
日本屈指のステンレスメーカーとして90年以上の歴史を誇るモリ工業。主力製品であるステンレスパイプは、
長さにすると年間では地球一周分に相当する生産量を誇っており、各種配管や自動車のマフラー、電車の手すりなど、
さまざまな用途で使われ、人々の身近な生活を支えている。
そんな業界のリーディングカンパニーとしてのポジションを長年にわたって揺るぎないものにしているのが、
生産設備のほとんどを自分達で設計開発するという独自の企業スタイルだ。
社内に400機程度ある設備機器の中でも、圧延機器は同社のさまざまな製品のすべての基盤となる
ステンレス帯鋼の加工を行う重要なもの。
だが2017年頃から、機器の老朽化が懸念され、新規設備への切り替えが検討されていたのだった。
そんな中、同社ではただリニューアルするだけでは満足せず、会社の将来のものづくりのカタチを見据え、
新機軸の技術“画像処理技術”の組み込みを決断した。
同社では、初となる未知の技術への挑戦—。そこには、どんな困難が待ち受けていたのか・・・。

SCENE O1未来のために、
あえて選んだ難しい道。
若手技術者の創造力と
情熱を信じて託す。
2017年当時、松本は自社のものづくり環境の今後を見据える中で、冷間圧延機の老朽化という大きな課題と向き合っていた。同設備は、金属板を複数のローラーの間を通して圧力をかけ、それぞれ所定の厚さに延ばしていくものである。導入から30年近くが経ち、全体的に古い装置となっているのに加え、特に高い精度を生み出す上で重要な「材料の板がどの位置にあるかを検出する装置=板ズレ検出装置」がメーカー側で生産中止となっていたことはかなり深刻だった。
そんな中で松本は、以前から社内でも取り入れたいと考えていたある先進技術に着目する。「現状の板ズレ技術検出装置の方式に変わるものとして使えないかと考えたのが画像処理技術です。カメラで写した映像を解析し、特定の変異箇所を見つけるこの技術は、随分前から興味を持っていました。そこで、設備リニューアルを機に新しく取り入れてみようと考えたのです」。
松本は、すぐさまプロジェクトを立ち上げ、製造現場で課長としてものづくりを指揮する中堅の稲荷、当時・入社4年目の新人設備技術者の尾崎をメンバーとして起用。2人を中心に技術の調査検討を進めて、メーカーに画像処理技術を設備に組み込めないかと提案した。最終的に先方からもたらされたのは、「現実的な問題として板の冷却に使用する圧延油が熱せられて気化し、油煙が発生することでカメラの映像を阻害するため技術的に難しい。新規に開発するとしても、膨大な費用がかかる上に安定性を保証できない」という回答だった。
事実上不可能という宣言である。だが通常の企業であればあきらめ、別の方策を取るであろう局面において、松本が下したのは「自分達でつくる」という決断。まさにモリ工業が創業以来取り組んできた「自社の生産体制に合わせて設備を開発する」というマインドに根ざした答えだった。

SCENE O20から1を生み出すために
数限りないトライ&エラーを
繰り返しながら、一歩ずつ前へ。
会社でも初となる画像処理技術を組み込んだ設備を自社でつくり出すという新たな目標を再設定し、動き始めたプロジェクト。稲荷は日々現場で行っている圧延業務における作業フローの詳細情報をはじめ、設備の仕組み、圧延精度をいかにして現場の技術者が生み出しているかなど、ありとあらゆることを尾崎に伝えることから始めた。
「社内で誰もやったことがなく、知らない技術に取り組むということは以前技術部に所属し、設備開発をしていた私にとって何度も経験したことでした。それゆえ開発の軸となる画像処理技術の制御プログラムを担当する尾崎のプレッシャーも痛いほどわかりましたね」と稲荷はスタート時の思いを語る。
一方尾崎は、あらゆることが初めてという状態。そのため画像処理の仕組みとは何か?というところから始めねばならなかったのだ。「最初は、本を買ってきて画像処理やプログラムの基礎を理解するのがやっとという感じ。そこから実際にプログラミングをしていく段階に進むという、試行錯誤の毎日でしたね」と述懐するように、すべてが手探りという中でプロジェクトに取り組んだのだった。
定期的にお互いの進捗を確認しながら、開発と試験を繰り返す日々。その中で机上の試験では問題はなかったものの、実機ではプログラムが想定とは全く違う動きをする、あるいはまったく制御できないエラーが続出し、2人は何度も打ちのめされた。
特に情報をやりとりする信号トラブルについては、解消のために半年近く足踏み状態が続く・・・。松本は「モリ工業の自負でもある“より良い製品づくりのために力を尽くす、ないものは自分達でつくる”。その精神を受け継いだ2人なら、“きっとやり遂げてくれる”」という確信を胸にただひたすら2人を見守り続けた。

SCENE O3大きなトラブルに
見舞われながらも、
飽くなきチャレンジが
導きだした成功。
幾度となく試験と検証を重ね、試運転も成功させて稼働にこぎつけた稲荷と尾崎の2人。その安堵もつかの間、稼働初期は上手く板の位置を感知し、機器も問題なく稼働しているかと思われたが、とある日の深夜に設備は原因不明のトラブルに見舞われ停止。現場に駆けつけた稲荷は、すぐさま尾崎に連絡を取った。
「試運転も完了し、稼働を始めていたため、この日尾崎はもう帰社していました。そんな中で本当に酷なことだと思いましたが、製造現場を止めることがどれほど大変なことか、その重要性を知ってほしいとの思いを持ってあえて連絡しました」と稲荷は、安心して休んでいるであろう尾崎に配慮しつつも、“何があっても製造ラインを止めない”という製造現場の思いを伝えたい一心で電話をかけた。
「連絡を受けた時は、本当にショックで・・・。でも、このことがあってから、私も絶対に製造ラインを止めないというプロ意識が持てたように思います」と尾崎もその当時を振り返る。
稼働後のアクシデントをターニングポイントにプロジェクトは最終局面に突入。稲荷と尾崎の2人は、小さなトラブルも見逃さず、改良に改良を重ねた。
2人の幾度にもわたる試行錯誤を終え、ついに問題なく安定的な稼働を実現。その時、松本は2人と共にプロジェクトの完遂を称え、「この設備は他でも売れるな。それくらいすばらしい!」という言葉を贈った。
「未知の技術にチャレンジし、実現したことを他社に売れる技術と松本常務が評価してくれたことは、技術者として最高の褒め言葉。すべての苦労が報われ、自分達の成し遂げた成果の大きさを実感できましたね」と2人。松本の何気ない一言は、稲荷と尾崎にとっては、何よりも、深く心に染みる言葉だったのである。

EPILOGUE
冷間圧延機のリニューアルプロジェクトの終了後から2年が経過した現在。設備は安定的に稼働し、モリ工業の高品質なものづくりを支え続けている。
だが、このプロジェクトがもたらした成果は、ただ設備の老朽化をクリアしただけではなかった。それは、画像処理技術に関する新たな知識とノウハウを得られたことだ。この経験から、今後同社ではさらに画像処理技術を応用して、現在製造担当者が目視で行っている測定作業をカメラに代替する方法やさらに発展して同じく人間の目では見えない数ミクロンレベルの傷を自動検知し、製品の合否を判定できるようにするなど、品質管理業務の活用に向けた新たなチャレンジが始まろうとしている。
最後に松本は、全員を代表してこう言葉を付け加えた。
「何よりも、装置メーカーが困難と判断した設備の開発を若手技術者に任せ、その中で技術者が得た気づきや成長が当社にとってはかけがえのない財産だと思います。これからも当社が業界でアドバンテージを継続していく上で不可欠な“人の成長”と“技術革新”という両輪を実現できたことが、このプロジェクトの本当の価値だと確信します。“過去から学び、未来を豊かにするのが自分たちの使命である”と心に刻み、今回の気づきも今後のチャレンジに活かしたいと考えています」。
モリ工業に息づく、ものづくり精神と常に未知なるものに挑み続ける強い意志。
この2つがある限り、これからも同社の進化は、決して止まることはないだろう。